アブドゥの憂鬱

俺、黒人になりたいんだ。

入学当初より仲の良い親友が突然そう言い始めたのはある昼下がりのことだ。ゴールドのネックレスが似合う褐色の柔らかい筋肉を見ていると俺はどうしようもなく黒人になりたいんだよ、そう私に打ち明ける彼の眼差しからは本気の様相が伺えた。


私の学校には外国人チュータというものがおり、彼らは殆どの場合英会話の授業を受け持っている。その中にアブドゥと呼ばれるセネガル出身のチュータがいるのであるが、彼は黒人にしては貧相な体つきで、身長も低く、いつも甲高い――例えるならコロ助のような――声で自分の出身地ダカールが如何に偉大かについて喋りちらしていた。

彼はいつも言っていた。


ダカールすごイヨ!だってアレダヨ?まずパリダカールレースの最終チテン、これだけで価値あるよネ?それになんと言ってもガンダムガンダムガンダムの地球レンポウ議会府はダカールに置かれてるんダョ?ツマリ、スゴイ!スナワチスゴイ!ダカールは世界の中心!愛を叫ぶ!」


多少の脚色はあるかもしれないが、こんなことを毎日言っているので授業は全く進まず、それどころか他の教諭たちに遅れについて質問されるとすぐさま手をあげ、ハッ生徒たちが五月蝿いせいであります、と流暢な日本語で応えるという中々のやり手であった。

そんな彼を見て我が親友は【ニガーニガー】と指をさして笑ったり、色の黒いクラスメイトを見つけては、「お前アブドゥじゃね?むしろジャクソン?ニガーニガー」と嘲笑の対象にしていたのであるが、それが突然の変貌で彼はどうやら黒人になりたがっていた。


俺さ、本当のところは黒人に憧れてたんだよ、だから馬鹿にしてた、それって小学生が好きな女の子をからかっちゃうのと原理は同じさ。ほんと俺はガキだったんだ。なんだか今になって思うよ、俺はあいつらをジャクソンとか言ってたけどさ、マイケルジャクソンって白人になりたかったんだよな、白人。俺は黒人になりたい。つまりさ、俺とジャクソンは同じなんだよ。


彼がそう言いながらグラウンドで愉快そうに走り回るアブドゥを羨望の眼差しで見ているのが判った。私はなんだかもの哀しさを覚えた。本当に白人になりたかったのになれずに頭も顔もおかしくなってしまったマイケルジャクソンと、今から本物の黒人を目指す親友、その対比は酷く滑稽なようで、或る種の美しさを私は感じたのである。


黒人になれるというマシンを通販で12回払いのローンを使い買った、という話を嬉しそうに彼が言い出しのたのはそれから幾日かしてからのことだ。

一日10分のトレーニングで黒人になれるらしい。