文化祭

台風と夏、そんなダブルコンビネーションが日本を襲い、私が住む東京にも際限なく降りかかってきたわけで、フェーン現象の影響だかなんだか知らないが、無駄な熱が東京中を覆い、私が住む部屋もその例外ではない。壁に掛かった湿温計を見やれば、温度は三十五度を越え湿度は八割弱、もはや人間が住む環境ではなく、正直学校へ行くだけで倦怠感が私を支配するのだが、どうやらそうは言っていられない事態が発生した。


九月の終わりにある我が校の文化祭は、都内の男子校では最大規模の一角であるらしく、毎年毎年一万人程度の人間どもがわらわらと雑多の如く押し寄せてくるのだが、今年は校内改装の為一日しか開催されず、一瞬の輝きに思いを馳せてか、生徒達は大いに盛り上がっている。かくいう私のクラスでも、普段は眼鏡のブリッジに手を当てて「フンッ」等と決めている委員長ですら「三年という一つのピリオドの中で、我々自身の為、そして後輩の為、頑張って成功させよう!」などと皆を激励し、尚且つ実行委員にまで立候補する始末。催し物を決める議論は白熱し、多くの人間が浮き足立っていた。そこで私はというと、面倒なのとどうにもその場の雰囲気に馴染めなかったので、所属しているバンドの練習にかこつけて殆どのそういった議論をかわしていた。

今朝も早朝のホームルームからその議題が持ち上がり、流石にそろそろ催し物を決めないと角が立たないということで、フェーン現象よろしく熱い意見が多く寄せられたのだが、ああだこうだと纏まらず、さしもの青春に燃えるクラスメイトたちも段々と辟易しだし、中だるみが始まっていた。多数決も評が割れ、教師ですら少しづつであるがやる気を失くしていた。問題はこんな折に起きた。

私のアパートは上野近辺にあり、すなわち秋葉原のお膝元なのであって、立地が良いのか悪いのか微妙な場所にある。その為かはいざ知らず、どうにも友人たちは私に『メイド喫茶』なるものについて聞いてくたり、メイド喫茶についてどう思うか、等と真面目な感想を求めたりしてくる。それも自分がどれだけメイド喫茶に興味がないかを知らせつつ。それで今日もたまたま友人から、先日グランドオープンしたメイド様がシャンプをしてくれる美容室なるものについて熱く語られ、また感想やら意見を求められていたのだが、それが問題だった。

普段はクールに振る舞い、こういった議論の中でもまるで興味を示していなかったクラスメイトの一人が、どうやら私とその友人の話に耳をそばだてていたらしく、突然「メ、メイド喫茶をやろう!」と叫びだし、クラス全体が唖然としている中、流石にこれはまずいと思ったのか「いや…、あの…、その…、まふみんが…」と言い訳しだした。そこからは流れるように事が進み、私も色々と自分が全く関係ないことを主張したのだが全て無視され、最後には拍手でもってこの案は受け入れられてしまった。しかも責任者が私になって。

しかしながら本当に怖いのはこの後だった。何故だか知らないが、どうやら私が皆を先導しメイド喫茶を文化祭でやるという噂が学校中を飛び交っているらしく、教師も生徒も学校にいる者なら犬でも知っているという有様。廊下で誰か知り合いにすれ違おうものなら肩を優しく叩かれ訳知り顔で「メイド好きなんだろ?」と囁かれ、最後に噴出される。どういうわけか懇意にしている他校の人間からまで電話が鳴り響き「まふみんはメイドが好きなの?」と無駄な誤解を生み、怪訝な声で質問される。これは危ないと私も思い出した時にはもう遅かった。

結局、喫茶店をやるには検便が必要だからその辺のことはよろしく、だとか、メイド服とかの調達は発案者であり責任者であるお前が全て受け持ってくれ、等と雑務を任され、いらぬ誤解は招くは、後輩に軽蔑の眼で見られるわと散々な一日だった。更に、実務に追われるこれからの方が恐らく大変なんだろうな、と思うと虚しさが募り、どこかへ寄ることもなく、学校が終わりのチャイムを告げると飛んで家に帰った。


せっかくだからと秋葉原で降車し、街並を歩く。焼きつく様な暑さに、気持ち悪いぐらい群がる人込み、腐ったような匂いがまとわりつく中、夕日に照らされる二次元の中の少女たちの看板を眺めながら、昨今の秋葉原事情しかり、人間の風聞しかり、我がクラスメイトしかり、世の中というのは舐めて掛かってはいけない、と思ったりするのであった。