土曜日

夕方頃、映画でも借りようかと急に思いたち、レンタルビデオ店へ行きレジで手続きを終え、DVDを手に去ろうとすると突然腕を掴まれた。可愛らしい感じの女性で、いったいどうしたんだろうと思って暫くの間見詰め合っていると、それ私のです、と小さい声で言った。

お客様のはこちらです、と店員も青い袋を僕に渡してきたので、あー僕が間違えたのか、と理解した。渡されたビデオたちをバックに入れ、ちょっとした気恥ずかしさから、失礼、と一言だけ残してすぐに立ち去った。

家に帰ってから猛烈に後悔した、何故あの時僕は声を掛けなかったのか、と。一言、ちょっとお茶でもしませんか、と言えば良かったのだ。もし僕が小説の中の登場人物であったならば間違いなくそうした筈だ。(或いはもう一度同じ状況が明日辺り起きるか)

と言ったところで、別段僕が彼女を好きなわけではないし、僕の世界では一人の登場人物に過ぎないのであって、彼女にとってもそれは同じなのであり、ましてや我々は現実の中に存在している、接点は彼女が掴んだ僕の腕だけだ。

何故こんなことを考えるのかすらもよく判らないけど、恐らく僕はどうしようもないワンダーランドへ引きずり込まれて冒険してみたいのではないだろうか、勿論帰ってくる予定のない冒険、それでサヨナラ、さよならだけが人生だ、なんて井伏氏も言っていることだし。

アリーデヴェルチ。